地域とともに進化する八戸酒造の酒造り──「八仙」をアコメヤが新たな定番にする理由|AKOMEYA TOKYO

カテゴリから探す

地域とともに進化する八戸酒造の酒造り──「八仙」をアコメヤが新たな定番にする理由

青森・八戸の地で約250年の歴史を刻む八戸酒造。その代表銘柄「八仙」が、このたびアコメヤの新たな定番日本酒としてラインナップに加わります。地域に根ざした酒造りと革新を続ける同蔵の魅力に迫ります。


八戸酒造の歩みと「八仙」誕生の背景
八戸酒造の創業は1775年。近江商人だった初代駒井庄三郎が近江の国を出、陸奥の地にて麹屋を開業、のち酒造業を開始。明治時代に商標制度ができたことから、全国各地で作られている男山という日本酒の中で第一号として、1910年に「陸奥男山」を商標登録しました。

戦時中の1944年には国の企業整備令により青森県南三八地域16の酒造家と企業統合し八戸酒類が設立され、六代目が初代社長に就任しました。しかし、企業統合の中で多くの比率の日本酒を製造する男山工場の売上が他社に均等割りされてしまう不平等を解消するため、現在の蔵元である八代目が1997年に八戸酒類を分離独立し、「陸奥男山」の商標使用差し止めの裁判の為に一時「陸奥男山」の使用を中止するため、1998年に新銘柄「陸奥八仙」をリリースしました。これは独立した酒造として再出発するための象徴的なブランドであり、中国の故事「酔八仙」の「酒仙の境地で酒を楽しんでほしい」との思いや、「八戸」の八、現蔵元の「八代目」駒井庄三郎の八、そして末広がりの縁起の良い数字の八に由来します。ラベルの八仙の書は、サントリーの「響」の書でも有名な荻野丹雪の筆によるものです。
現在、八戸酒造を担うのは、八代目の駒井庄三郎さん(写真中央)を中心に、専務で長男の駒井秀介さん(左)と杜氏で次男の駒井伸介さん(右)。秀介さんは長男として、いずれは蔵を継ぐ存在と言われて育ち、明確に自らの意思として決断したきっかけは20歳の頃。1997年に大学進学で上京し、父の東京での営業まわりに同行した際、その頃新たに立ち上げた「八仙」の販売に苦労する父の姿を目の当たりにし、「力になりたい」という想いが次第に強くなりました。
大学在学中から八仙の営業に携わり、2002年に八戸に戻り家業を手伝い始めました。弟の伸介さんは大学卒業後ビールメーカーに就職。その後2008年に八戸に戻り酒造りの道へ入り、2013年から杜氏(製造責任者)になり、新しい取り組みを次々に展開しています。
蔵人の平均年齢が70代だった季節雇用の南部杜氏のグループから、社員制に切り替え、八仙に愛着のある若い蔵人に刷新し、酒造りのオフシーズンにも田植え、瓶詰、貯蔵管理、営業など蔵全体に携わるチーム体制に変更。品質に対する意識の統一や、持続的な技術の蓄積が可能となり、現在の酒造りの基盤を築く大きな転機になりました。また日本酒の製造免許だけだったところから、リキュール、粕取り焼酎、スピリッツ、果実酒の免許を次々に取得。多様な酒類に展開を拡げています。


「陸奥男山」と「八仙」の違い
「陸奥男山」が地元の漁師町で古くから愛されてきた辛口酒であるのに対し、「八仙」はより現代的なアプローチで、若い世代や女性にも親しみやすい、フレッシュで華やかな香り、やわらかな甘みを特徴とする酒質へと進化しています。ブランドとしての役割も明確に分かれており、伝統と革新の両輪で展開されています。


青森の地域活性化に貢献する酒造り
八戸酒造では、日本酒造りに青森県内の契約農家で栽培された酒米と、地元・蟹沢(通称「がんじゃ」)の中硬水を仕込み水に使用。さらに日本酒だけにとどまらず、地元のりんごやぶどうの果汁を使用したシードルやワインなどの果実酒や、近隣のむつ市にある農畜産物加工業「斗南丘となみがおか牧場」のヨーグルトを使ったリキュール、山椒やホップ、ヒバ樽を活用したスピリッツなど、青森の農産物を最大限に活かした商品開発が行われています。秀介さん・伸介さん兄弟は、「青森県から生まれたものだけで酒造りを続ける」という強い意思を持ち、青森の農業活性化に貢献しています。


アコメヤで扱う「八仙」の魅力
アコメヤが「八仙」に着目した背景には、アコメヤの日本酒のラインナップにおける味わいのバリエーション拡充と、日本各地域の魅力の打ち出し強化がありました。青森県産の農産物や仕込み水を使った酒造りにこだわる八戸酒造の姿勢とその酒の味わいが、アコメヤのコンセプトと合致したのです。
今回取り扱いをスタートする特別純米酒は、青森県産の酒米「華吹雪」を使用。香りの華やかさと米の旨みを感じつつ、キレの良い後味が特徴です。仕込み水には、地元・蟹沢(通称「がんじゃ」)の中硬水を使用。ミネラルを含みながらもやわらかさを感じさせる水質が、「八仙」の優しい味わいを支えています。
冷酒から燗酒まで幅広く楽しめる万能型で、食中酒として真価を発揮します。イカや鯖、ウニといった青森の海の幸はもちろん、クセのあるホヤや、南部せんべいに南蛮味噌を乗せたおつまみなどにも寄り添う懐の深さがあります。

津軽びいどろとのコラボレーションで生まれた“八仙のためのグラス”
今回の取り組みでは、日本酒だけでなく「八仙をより美味しく楽しむためのグラス」も開発されました。
津軽びいどろは、八戸酒造と同じ青森の伝統工芸品であり、今回の取り組みはまさに“青森ならでは”のコラボレーション。土地の文化と技術が掛け合わさることで、日本酒の楽しみ方そのものに新しい価値が生まれています。
その繊細なガラスと、八仙のやわらかく華やかな味わいは非常に相性が良く、香りや口当たりをより感じやすくなる設計になっています。日本酒を“酒単体”ではなく、器とともに楽しむ提案として、八戸酒造の駒井さんも「八仙のために開発された津軽びいどろと一緒に楽しんでいただきたい」と語ります。

体験から生まれるファンとのつながり
八戸酒造では、蟹沢の田んぼでの田植えや稲刈りを体験できる『With8000』サポータークラブや、八仙夏の蔵祭りといったイベントを開催。蔵見学には年間1万5千人が訪れています。歴史ある醸造施設は2010年に国の登録有形文化財に指定され、2026年9月からスタートする酒造りまでは現施設にて醸造を行い、来年2027年9月には新工場にて酒造りを開始するため、醸造設備を移転し、この歴史的建造物はイベントや飲食やアートなどの観光拠点として、年間10万人の来訪を目指しています。こうした体験の場を通じて、単なる消費者ではなく「共につくる仲間」としての関係が築かれています。実際に、幼少期の体験をきっかけに蔵人となった若者もいるほどです。


女性蔵人が紡ぐ新しい物語
近年、八戸酒造初の女性蔵人が誕生。畑内美優さん、20歳の若者です。彼女が酒造りの道を志したきっかけは、特に八戸酒造のファンである父の影響で、小学生の頃から蔵まつり等酒蔵に行く機会があり、同社の蔵人になることは夢でした。年々「私はここでお酒を造るんだ」と強く思うようになり、蔵人の道を選びました。
高校卒業後18歳で入社し、「20歳になったときに自分が造った酒で家族や友人と乾杯したい」という想いを叶えるため、若手にタンク一本を任せるプロジェクト「ミクシードシリーズ」に参加。コンセプト設計から味わい、さらにはラベルデザインに至るまで、自らの意思で酒造りに向き合う機会を得ました。そして迎えた自身の20歳の誕生日、実際に家族とともに完成した酒「一華」で乾杯するという形で想いは結実しました。
蔵の体験が人の心を動かし、次の担い手を生み出していく。その循環こそが、八戸酒造の未来を支える力となっています。


次の世代への継承
現在八戸酒造の蔵人の平均年齢は36.3歳。若手人材の育成を進め、持続的に技術と文化を継承できる組織を目指しています。さらに、駒井家の家業として続いてきた酒蔵を、持続可能な企業へと進化させ、次の世代、そのまた次の世代へとしっかり継承していくことも大きなテーマ。次世代のこどもたちが将来この酒蔵を継ぎたいと思えるような環境づくりにも取り組んでいます。


世界へ広がる「八仙」の未来
現在、「八仙」は世界27か国以上に輸出され、アメリカを中心に海外市場でも高い評価を得ています。また、日本酒にとどまらず、リキュールや果実酒、スピリッツなど多様な酒類へと展開。これらは新たな顧客層との接点を生み、日本酒への入口としての役割も果たしています。またそれらのお酒を多くのコンクールに出品し、2021年には「世界酒造ランキング」で643の酒蔵の中から1位を獲得。お酒を通して青森の魅力を世界へ発信しています。

地域とともに歩みながら、時代に応じた進化を続ける八戸酒造。その象徴ともいえる「八仙」は、これからのアコメヤの“定番”として、食卓に新しい価値をもたらしてくれる存在となりそうです。
八仙を津軽びいどろとともに楽しみながら青森の地に思いを馳せ、興味を持たれた方は、ぜひ八戸酒造を訪れて、日本酒の魅力や青森の文化に触れてみてくださいね。

八戸酒造のホームページはこちら


商品はこちら