伸びやかに生活に光を灯す。美濃焼「伸光窯」の器|AKOMEYA TOKYO

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伸びやかに生活に光を灯す。美濃焼「伸光窯」の器

アコメヤで販売している美濃焼の飯碗は、岐阜県土岐市にある「伸光窯(しんこうがま)」で制作されています。
独楽型碗(こまがたわん)」という形状で、黒い帯に線彫りの模様が印象的な器です。
今回のAKOMEYA通信では、日本の陶磁器の70%を占める美濃焼のこと、明治時代から続く伸光窯のこと、アコメヤの独楽型碗の特長などについてお伝えします。


日本の陶磁器の70%を占める美濃焼

美濃焼は、岐阜県の東濃地方の土岐市、多治見市、瑞浪市、可児市でつくられている陶磁器で、日本で作られる陶磁器の実に70%を占める、日本一の生産量を誇るやきものです。
東濃地方には、650万年~100万年ほど前、琵琶湖の約6倍の巨大な湖「東海湖」があり、そこに堆積した豊富な粘土層が、美濃焼をはじめ、瀬戸焼や常滑焼などのやきものの原料となりました。

美濃焼の歴史は、平安時代の須恵器に始まり、黄金時代は安土桃山時代。千利休(1522~1591年)やその一番弟子である古田織部(1544~1615年)などの茶人による茶の湯が流行し、美濃焼は茶陶として大きく発展します。
この安土桃山時代から江戸時代初期に、美濃焼の四様式「黄瀬戸(きせと)」「瀬戸黒(せとぐろ)」「志野(しの)」「織部(おりべ)」が誕生し、美濃焼は日本を代表する茶陶の産地となりました。

江戸時代中期以降は、茶陶だけでなく日用雑器が大量に生産されるようになり、江戸時代末期には磁器の生産も開始。陶器だけでなく磁器も大量に生産する、大窯業地となりました。

1978年(昭和53年)に、美濃焼は国の伝統的工芸品に指定されました。


明治時代から続く伸光窯
アコメヤの飯碗を作っているのは、岐阜県土岐市泉にある「伸光窯」。登記上では明治28年(1895年)創業で、今年で創業130年になります。ただ、この地域ではすでに室町時代頃から陶器をつくっており、江戸時代に藩主が変わった際に一旦作れなくなり、同じ土岐の中でも駄知町の方などに移動して器づくりを教えるなどし、明治のはじめ頃にはまた泉に戻ってきて陶器を制作していたようで、実際にはもっと長い歴史があるそう。
今でも伸光窯には、建物の土壁や梁、釉薬を入れる甕など、明治時代から代々使われているものがあります。土壁の作業場は、入った瞬間から空気が少し変わるほど、室温が低いのだそう。
現在の代表は、五代目の田中一亮(かずあき)さん。元々は「カネ多田中製陶所」という社名でしたが、五代目の一亮さんが「伸びやかに生活に光を灯す器を作りたい」という思いを込めて、「伸光窯」に社名を変更しました。
初代から三代目の頃は、美濃焼の大量生産が進む中で地区により生産するものが限定されるようになり、泉地区では湯呑をメインにつくっていました。先代の四代目の時に、大量生産の磁器ではない、手作りの高級陶器にシフト。「黄瀬戸」「瀬戸黒」「志野」「織部」といった美濃焼を代表する様式のやきものをつくるようになりました。
そして現在の五代目になり、高級品から日用の食器や調理器具などにシフト。田中さんを含め、30代から70代の9人の職人で、全員が全ての工程を担当できる技術を身に付けながら、美濃焼の制作をしています。
美濃焼の窯元は何百社もあり、ひとつの商品を作る工程の中でも部分ごとに分業しているところも多いですが、伸光窯では土の成形から加飾、焼成、検品、出荷まで一貫して行っています。納期や品質が安定し、加飾のバリエーションを広げられることが特長です。


アコメヤの独楽型碗
この独楽型碗の原型は、2005年に五代目の一亮さんが伸光窯を継いで一番最初に開発した「黒ベルトシリーズ」。発表当時ニューヨーク近代美術館MoMAのミュージアムショップ日本一号店にも採用され、今でも人気のあるロングセラーです。
その「黒ベルトシリーズ」をもとに、女性の小さめな手でも持ちやすい形状と男女問わず使いやすい色を試行錯誤して、アコメヤオリジナルの飯碗としてつくっていただきました。
一亮さんは、「一番最初に開発した、自分にとって非常に思い入れのある黒ベルトシリーズを、アコメヤさんにこうして選んで開発していただけたことで、とても気持ちがあがりました。昔黒ベルトシリーズをお買い上げになった方がアコメヤさんの店頭で商品をご覧になり、ご連絡をくださって嬉しく思いましたね。」と仰ってくださいました。
(左から)型入れ・黒化粧・線彫り
「独楽型碗」の工程は、石膏の型に粘土の土玉を入れて成形→乾燥→黒ベルト(黒化粧)をまく→線彫り→乾燥→素焼き→釉薬がけ→本焼き、という順序。
ベースの粘土は、本焼きの1,300度の熱にも耐えられるよう、志野土に磁器用の土を12%程度混ぜて、土の強度を強くした白土です。
型は、竹の節のような有機的なかたちをイメージして、節の部分が指にかかって持ちやすく、口元も少し波打つようなやわらかさを出して手で削り出して成形したものをもとに、石膏で作られました。
黒ベルト部分は、黒の顔料を混ぜ込んだ粘土を筆でまいて黒化粧をし、線彫りを施して地の白土の色を出しています。
釉薬は、男女問わず使いやすい緑と黄色の釉薬を使用。釉薬をかけた部分は液体などが染み込まないので汚れにくくなっています。
飯碗としてだけでなく、どんぶりや汁物など、多用途でお使いいただけます。


伸光窯の描く未来
一亮さんは伸光窯の未来について、「規模を大きくしたいというより、使ってくださるお客様、ファンになってくださる方が増えると嬉しいです。毎日の生活の中で長く大切に使ってもらえて、次の世代にも引き継いでもらえるようなものを作っていきたいですね。」といいます。
「伸光窯」という社名に込められた、「伸びやかに生活に光を灯す器を作りたい」という一亮さんの思いです。そのために、長く使えるシンプルなデザインを心がけているそうです。

また、美濃焼の未来にも思いを馳せています。美濃焼は長い歴史の中で、やきものの原料となる粘土を大量に採取してきており、粘土が枯渇してきています。
そこで、美濃焼の各窯元では、資源循環の取り組みが進んでいます。
伸光窯でも、焼く前の失敗作などは土を水につけて粘土に戻して再利用したり、釉薬も可能な限りリサイクルして使用しています。
また、不良品などの廃棄を減らすため、陶器の特徴を丁寧に説明することも重要だそう。陶器は磁器と違い、鉄分を含んだ茶色や黒のぽつぽつとした「鉄粉」が混じっています。それは不純物を含んだ不良品ではなく、自然の土の味わいということをご理解いただけるよう丁寧にお伝えし、返品廃棄を減らすようにしています。

器を長く大切に使うことも、持続可能な社会のためには大切なこと。「伸光窯」の飯碗に込められた、「伸びやかに生活に光を灯す」という思いを感じながら、毎日のごはんの時間を楽しんでみてくださいね。

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