ろくろ成形と釉薬の色合いにこだわる信楽焼「紫香陶房」の飯碗|AKOMEYA TOKYO

カテゴリから探す

ろくろ成形と釉薬の色合いにこだわる信楽焼「紫香陶房」の飯碗

アコメヤの2025年の新米祭りには、日本各地のやきものの飯碗が6地域から集合します。
そのひとつが、信楽焼の飯碗。釉薬を重ね掛けした鮮やかな色合いが特長で、滋賀県甲賀市信楽町にある「紫香陶房(しこうとうぼう)」で、ひとつひとつ轆轤(ろくろ)をひいてつくられています。
今回のAKOMEYA通信では、信楽焼の歴史や紫香陶房の歴史、紫香陶房の小西さんが発明したヒット商品、飯碗のこだわりのポイントについてお伝えします。


信楽焼の歴史
信楽焼は、奈良時代の742年、聖武天皇が近江国甲賀郡紫香楽村に「紫香楽宮(しがらきのみや)」という離宮を造営する際に、紫香楽宮の屋根瓦を焼いたことが始まりとされています。

室町時代には、この頃発展した「茶の湯」において、信楽焼の釉薬を使わない土味をいかした風合いがわび茶の精神性に通じるとされ、茶陶として愛されるようになりました。

江戸時代には、登り窯ができたことにより大量生産が可能になり、また施釉陶器の需要が増えたことから釉薬も使うようになり、日用雑器を作る一大産地として発展しました。また、将軍家に献上する宇治茶を入れるための御用茶壺など、茶壷の生産も盛んでした。

明治時代には、火鉢の生産が盛んになり、昭和30年代まで全国シェア1位(約80%)を誇る主要製品でした。

昭和に入ると、近代化にともない工業用品も作られるようになり、信楽焼の建築用タイルは国会議事堂の屋根にも採用されました。火鉢景気が落ち着いてくると、観葉植物用の植木鉢が主力製品になりました。

信楽焼の代名詞ともいえる「たぬきの置物」は、「狸庵」の初代・藤原銕造が明治期に作ったものがはじまりで、昭和26年に昭和天皇の信楽行幸の際、このたぬきの置物に日の丸の旗を持たせて沿道に並べて歓迎したところ、昭和天皇がお喜びになり「をさなきとき あつめしからに なつかしも しからきやきの たぬきをみれば」という御製を詠まれ、それが全国的に報道されたことから一躍有名になりました。

信楽焼は、昭和50年9月に国の伝統工芸品に指定され、平成29年には「日本六古窯」として日本遺産に認定されました。


信楽焼の特長
伝統的な信楽焼は、釉薬を施さずに焼き締めるため、長石と石英の砂粒が混ざったざっくりとした肌合いや、焼成の過程で薪の焦げや火色によって素地が変化しつくり出される印象深い景色が特長です。
信楽焼の原料となる陶土は、滋賀県甲賀市信楽町にある「古琵琶湖層」というやきものに適した粘土質から採取されています。
古琵琶湖層から採取される土は耐火性に優れ、タイルから大甕まで対応できる、汎用性の高い土です。

また、信楽町は大坂・京都といった大消費地の近くに立地し、京都を中心として信楽焼の流通を全国に拡大させました。

良質な陶土と京都に近い立地に恵まれていることが、信楽焼の発展した理由です。


紫香楽宮にあやかった「紫香陶房」

アコメヤの飯碗をつくっている「紫香陶房」は、記録が残っているだけでも五代前からやきものを作られている、小西啓吾さんと小西晃さんの親子で信楽焼をつくっている窯元です。
「紫香陶房」の名前は、この地にかつて聖武天皇が造営した紫香楽宮にあやかって付けられました。「紫香陶房」が建っている場所の地名は、「滋賀県甲賀市信楽町勅旨(ちょくし)」。「勅旨」は、かつてここに紫香楽宮に奉納する米を作付けするための勅旨田があったことから、こう呼ばれるようになったそう。

小西啓吾さんは、信楽焼の伝統工芸士として国から認定されており、信楽伝統工芸士会の副会長をつとめています。また今年令和7年には、甲賀市指定無形文化財陶芸保持者にも認定。啓吾さんは主にろくろ成形、晃さんは主に釉薬がけを担当し、一緒に制作をしながら、息子の晃さんにその技術を伝えています。

「紫香陶房」の主な商品は、「マイカフェポット」というもの。それまで「紫香陶房」では1950年代から主に急須を作ってきましたが、時代の変遷とともに、日本茶を飲む習慣よりも、コーヒーや紅茶などを飲む習慣の方が増えてきたことから、日本茶だけでなくコーヒーにも紅茶にも幅広く使えるポットとして、この「マイカフェポット」を2015年に開発しました。
これは、ポットの外蓋と内蓋(ストレーナー)の両方に合計1,000個ほどの小さな穴を空け、蓋にフィルターの機能を持たせたもの。金属や紙のフィルターを使用しないため、金属や紙の雑味が入らず、美味しいコーヒーや紅茶が淹れられる、と口コミが広がり、これが大ヒット!「一度これで飲んだら紙のフィルターに戻れない」という方も多いそう。
当初は黒のみだった色のバリエーションを増やし、現在では「紫香陶房」で制作している商品の50%がこの「マイカフェポット」になっています。
その他50%は、今回アコメヤで販売する飯碗などの食器類。時代のニーズにあわせて新しい挑戦を続けています。
マイカフェポット

アコメヤの飯碗「端反碗(はぞりわん)
紫香陶房がアコメヤ限定品として作っているこちらの飯碗は、ろくろでひいた「端反碗」という縁の反った形状と、食卓を彩る鮮やかな色の釉薬の重ね掛けが特長です。
もともと紫香陶房で制作していた小鉢をみたアコメヤのバイヤーが、小鉢よりもう少し大きめにして飯碗をつくりたい、という希望をお伝えして作っていただきました。
端反碗は、縁が外側に大きく反っているため口当たりが良く、またたっぷりとした深さがあるため、ごはんだけでなくお茶漬けなどの汁物を入れるのにも適しています。煮物などの小鉢としても使えます。
原料となる土は、黄色い釉薬の方が赤土、青い釉薬の方が白土を使用しています。鮮やかな釉薬は、それぞれ3色の釉薬を重ね掛けしており、重なった部分は色が混じり合って新しい色が生まれるため、計6色があらわれます。ひとつひとつ、目線の高さで釉薬をかける作業を立って続ける大変な作業です。釉薬の重ね掛けは、SNS全盛時代の今、写真映えする鮮やかな色あいが人気だそうです。
作業の工程は、ろくろ成形→乾燥→高台の削り出し→乾燥→約700度で素焼き→釉薬がけ→本焼き→冷却→完成、となります。
成形から完成までは約1週間かかり、ひとつの窯で1回に80個ほどしか焼けないため、全て完成するには1か月半程度かかります。
こうして、ろくろでひいた端反碗の縁のかたちと釉薬の鮮やかさが、白いごはんに映える飯碗が完成します。

紫香陶房の描く未来

紫香陶房では、主力商品で特許を取得している「マイカフェポット」を中心に、海外展開も視野に入れています。
大阪・関西万博では、信楽焼伝統工芸士として啓吾さんがろくろの実演を行いました。

「ろくろを回しながら、お客様はどんな風に使っていただけるかな、と想像しながら心を込めて作っております。」という啓吾さん。晃さんも、「紫香陶房をよろしくお願いします!」と、信楽焼の未来を描いて親子で制作を続けています。

奈良時代から続く信楽焼に、時代を反映した紫香陶房の飯碗。ぜひみなさんの食卓にも彩りを加えてみてくださいね。

商品はこちら